雨の日。けっこう好き。
高校一年の梅雨時の話だ。
雨の降る、憂鬱な朝だった。
バスは超満員。
傘でズボンもビショビショだ。
いつもなら空いてる後ろの方に行くのだが、
この日は入り口付近から奥に全く進めない混み具合だった。
三つ目の本郷町のバス停から同じ学校の先輩が乗ってきた。
ショートカットですごく小柄な少女だ。
工業高校だが、産業デザイン科というのがあり、
女子も60人くらいはいる。偏差値は機械科の僕なんかより、
遥かに高い。
いつも、肩から大きな筒をぶら下げていた。
多分、デザイン画が入っているのだろう。
小っちゃくて童顔な彼女に、不釣り合いな大きな筒が、
カッコよかった。
彼女は僕の隣に立ち、同じ手すりに摑まった。
椅子の角から垂直に伸びてる手すりだ。
別に本人の意思で僕の隣に来た訳ではなく、
混んでいるから、たまたま押し出されてそこに摑まっただけだ。
ニつ上の先輩で名前も知らない。顔は知っている。
言葉を交わした事はなく、挨拶もしない。
バスが揺れるし、後ろから押されるしで、
彼女の右腕と僕の左腕がそっと触れ合う。
僕の心臓か早鐘を打つ。きっと顔も赤くなっていた事だろう。
慌てて手を退ける事も出来たハズだが、
手を退けると、僕が嫌がっているように思われる。
彼女が不快に感じるといけないので、
そっと手をどかしてあげた方がいいのかとも考えた。
結局、本能に従い、そのまま自然に触れたままにした。
罪悪感は少しある、憧れの先輩に触り続ける痴漢行為にも思う。
彼女も腕が触れ、「キモッ」と思えばすぐに手を退けただろうが、
そのままくっつけていた。
麦田町のトンネルに入り、ガラス窓に映る彼女と自分が見える。
彼女も見ている。
窓ガラスは車内の熱気で曇っていて、輪郭しか判らない。
だからこそ見つめあう事が出来た。
「恋の6秒ルール」 6秒間見つめ合うと恋に落ちる法則は、
曇ったガラス窓越しでは成立しなかった。
でも、心の一番柔らかい所に、小さにガラスの破片が突き刺さった。
トンネルを抜けると石川町のバス停に着き、乗客は一気に半数以下に減る。
僕らはくっついている理由がなくなり、少し離れた。
ほんの少し、勇気を出して話しかけていたら、
未来は変わっていたのかもしれない。
突き刺さったガラスの破片は今も、雨の日には疼く。